超越論的なんちゃってビリティ
Last updated: 2026-08-10
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E8%B6%8A%E8%AB%96%E7%9A%84%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A1%E3%82%83%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3
どんな会話でも最後に「なんちゃって」に相当する言葉で締めると冗談になることが言語行為を言語行為たらしめるのではみたいな
これに名前あるのおもろいし、名前がおもろい
論文読もう
https://www.jstage.jst.go.jp/article/philosophy1952/1990/40/1990_40_19/_pdf/-char/ja
ToDo
それはそうと「なんちゃって」は
免罪符
でもなんでもないよ
これを使用したからって冗談が容認されるわけではありません
冗談だからって普通に言わない方が良いこともあります
Backlinks
多分そう 超越論的なんちゃってビリティでも言ってると思うけど訂正可能性が言語を言語たらしめるだろうし いくらでも後から訂正していいんじゃね というか経験が溜まってくことで思考や意見なんてコロコロ変わるだろうしめちゃくちゃ動的なものじゃないか そう思うと「公開する」ボタンとかがある文章共有サービスってどうなんすかね、もっと気軽に編集と公開が出来るとうれしい気がする サービスによって静的なものだと認識
言語化が良くないのではなく、一度言語化したものは訂正不可能という認識が良くない