夢中になる・熱中する状態
「studious」になることを覚えた子どもだったら、将来それは表現をやろうと、他の例えば研究をやろうと、あるいは物を作る人になろうと、それはすごくやっぱりひとつのものを集中の仕方が分かっているので到達できるんですね、自分のやりたいことに。
一番いけないのは、体裁だけを整えて「こっちの方が見栄えがいい」とかですね、その表面だけのことを覚えて取りつくろうことだけが巧みになるっていうのが、僕はすごく今恐れていることなんですね。
もう小さいときは・・・この映像って多分、子どもが直接見るっていうか、お母さんとかあるいは大学生とか、これから若い人を育てる立場の人だと思うんで言いたいんですけど、それが釣りだろうと音楽だろうと、特にスポーツですね。野球やサッカー、そういうものに夢中になることを周りで勧めたいなと思ってるんですね。そういう環境を作りたいっていう。
例えば僕は結構、体育会の子が好きなんですけど、野球やってた子って、中途半端な面白さ、世の中の例えばシュールな面白さみたいなああいうものは「え、つまんないんじゃないの?そういうものは」と一言で看破できる力を持ってるんですね。
ですから一度夢中とか熱中した経験のある子だったら、「何が本当に面白いのか」「何が本当に美味しいのか」とかが分かるんです。世の中マスコミがすごくうるさいから、「これがなんか美味しいですよ」とか「これが面白いですよ」とかって、いっぱい情報がありますよね。
その時にやっぱり大事なのは自分の考え、自分の意見ですよね。「なんだつまんないじゃないか」と、「なんか世の中間違ってるな」と思ってもいい。そういうなんかこう自分が一度夢中になった・熱中した体験があると、本当のものを見つける力があるなと思うんですね。
この状態になった経験があるかどうか
中2の時に目の前のやる事に忙殺されることがあったけど、今思うと studious になっていたのかも
当時なぜあんなに忙しくしてたのか
急な心変わりがあった気はしない
この経験があったからこそなにをやるのにも気張ってしまう気がする
ちょうどいいヌケ感でやる、ナチュラルないなたさをもってやる
今(2025 現在)みんなこれを求めて視野を狭めたいという欲がありそうとイン・ザ・メガチャーチを読んで思うなど